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どれくらいそこに立ち尽くしていただろう。 月も見えない家の中、時間の経過を告げるものは何もない。 引き戸の隙間からも、一筋の光も見えない。明もおなじく時間のなくなった暗闇の中にいるようだった。 光は小さく息を吸った。 明が佐為に呪詛をかけてしまった、その理由は自分にある。 それは分かったけれど、果たしてそれをどう解決すればいいのか、光は幼い心を持て余す。 光の中で、佐為と明は違う存在だ。 けれども、どちらも大事な存在であることに変わりはない。 光は明もそうだと思っていた。自分のことも、佐為のことも、大事に思ってくれているのだと。 それは正しくもあり、間違ってもいる。 もう少し、真実というものは難しいものなのだけれど。 「賀茂」 光は意を決して、声を出した。 「俺、今ずっと考えてた。お前、辛そうだし、好きであんなことやっちゃったわけじゃないってこと、よく分かった。だから!」 声を一際大きくして、足を踏みしめる。 これを言ったら、また明は怒るかも知れないと、光は一瞬躊躇した。けれど思っていることを正直にぶつけること以外、光には結局思いつかなかった。 「だから、お前の辛いのも、佐為にかけちゃった呪詛も、全部俺に回してくれよ」 「……」 沈黙しか、返ってこなかったけれど、聞いていることは、気配で伝わる。なんといっても薄い壁一枚が、二人の間には挟まってあるだけなのだから。 「賀茂!俺がそうしたいんだよ!他に思いつかねえから…俺、お前が辛いのは嫌だ。お前が佐為を苦しめてるのはもっと嫌だ。なんでこんなことになっちゃったか全然わかんねえけど、とにかく俺はお前も佐為もすげえ大事で、何にもできないってのが嫌だ!」 喋り始めると感情が湧き出して、光は一気に言った。 「…嘘つき」 明の声がぽつんと戻ってきた。 もう少し光が大人であれば、その言葉に織り交ぜられた嫉妬に気付けていただろう。 だが小さなその一言は、深い大きな井戸に小石を投げた後の残響のように、光の内側に大きく木霊してゆくだけだった。 「嘘なんかついてねーよ!」 ドンドンと、思い切り拳を戸に打ちつけながら、叫ぶ。 あれだけ自分なりに相手を慮って言った言葉を、嘘つき呼ばわりで返されるとは、光には意外でもあり、何より腹立たしかった。 光の怒声に弾かれてか、明も感情的に声を荒げた。 「嘘だよ!君の中で僕と佐為殿が同じように大事だなどと…僕を哀れんでいるつもりか?」 明がそう言い放った瞬間、ピタリと戸を叩く音が止んだ。 「…もう頭きた」 低く、本当に怒りで震えた声が、明を貫く。 あまりにも強い怒気に、明は怯んで萎縮した。光が本気で怒っていることに対して生まれる恐怖心。 そこに隙ができたことを、知ってか知らずか、光は目の前の戸を力いっぱい蹴り飛ばした。 「賀茂!いい加減にしろよ!」 「うわぁっ」 突然自分めがけて倒れこんできた板を避ける術もなく、それは思い切り明を強打することになる。 一方、光は光で、まさか戸が本当に動くと思っていなかったため、全体重をかけて蹴った反動で身体の均衡を崩して、後ろに尻餅をついた。 「賀茂?!」 一瞬何が起こったか分からずに、光は後ろに手をついたままの体制で瞬きを何度かした。鼻先にひんやりとした冷気が触れて、目の前の空間が開いたことを教える。目前に広がるのはいまだ闇しかないのだけれど。 返事のないことに不安を覚えて起き上がる。手探りで板戸が倒れたことを確認しながら、光は血の気が引いた。 「賀茂!返事してくれよ!」 夢中になって板戸を持ち上げ、部屋の中に駆け込んだ。 |