全部抱き締めて

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例の妖怪退治の事件も解決して二ヶ月が経とうとしていた。
都も落ち着きを取り戻した頃、しめやかな雨が京を包む季節になっていた。

藤原佐為が原因不明の高熱で出仕していないという話を、近衛光が聞いたのはその日も午後になってからのことだった。
「なんでもっと早く知らせてくれないんだよ!!」
使いの者に検非違使庁に響き渡るような大声で怒鳴り散らすと、光はもう出て行こうとしていた。
「近衛くん、そんな大声出しちゃだめだよ」
筒井がその光の前に立ち塞がり、たしなめるように言うと、まるきり子供のような表情で光は決まり悪げに頭を掻いた。
「近衛くん、今の君みたいな立場の人間からあんなに叱られたら、彼らは内裏で居心地が悪くなってしまうんだよ。自覚しなきゃ」
筒井が噛んで含めるようにゆっくり光を諭してゆく。
そう、あの都をあやかしから救った一件で、佐為のみならず光の名前も内裏で知れ渡るところとなった。しかも帝の指南役となった佐為の護衛はいまだ光のみというのだから、これが内裏の注目の的とならずしてなんとしよう?
堅苦しいことを嫌う光を考慮して、佐為と明が知恵を出し合い、帝が貴族の位を授けようとした時にそっとその案を退けてくれたおかげで、今も検非違使として気楽な立場にいるものの、その注目度や隠れた権力は有力貴族並みといってよかったのだった。 もっとも、光自身はそのような自覚はまるでなく、毎日あちこちで大小さまざまな騒ぎを起こしては、内裏の噂の的になっていたのだった。
怒鳴った光のほうは朝から佐為を見ていないことで心配が募っていただけのことであって、相手に他意のないこととはいえ、怒鳴られた者は「都を救ってくれた藤原佐為の護衛である、あの近衛光を怒らせた」と後ろ指さされることはこのままではまず間違いなかった。
「でも…」
上目遣いで筒井を見上げて光は情けなく口元を歪めた。”オレハタダサイガシンパイデ…”と続けるつもりの唇が、もう動かない。
「でもじゃないよ。彼らに謝らなきゃ」
いつもは優しい筒井だが、こういう場面では加賀以上に怖い。律儀な筒井は必要以上に注目を集めている光が、悪気なく他人を傷つけたりすることを決して許さないから。
「あー…えっと…分かったよ。あの、さ」
身を小さくして平伏したままの使いの者たちに視線を振る。大人にあんなに縮こまられてしまうと、さすがの光も罪悪感を感じて近くまで歩み寄った。
「教えにきてくれてありがとう…です。何か理由があって遅かったん…だよ…ですよね?」
その光の柔らかくなった態度に反応して、使いの者たちは顔を上げた。
「お知らせが遅くなりまして申しわけありません。実は…」
どう説明したらいいものかと、困惑したような表情を浮かべながらも、彼らは言葉を紡いでいった。



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