ボクのシアワセ
+++ 2 +++


連れて行かれた先は、意外なことに河川敷だった。
進藤のことだから…と言ったら彼に悪いけど、ゲームセンターとかボーリングとか、なんかそういった騒がしいところに連れて行かれるとばかり思っていた僕は、少々驚いた。
「んー、天気いいから気持ちいいなあ。いいとこだろ?」
草むらの上にゴロンと横になって進藤は伸びをした。仕方がないから僕はその隣に腰掛けた。
「いい風が吹いてるなあ。な、塔矢?」
屈託のない笑顔を向けられて、どう反応していいか分からない。
「なんだよー、お前、風に当たったこともないのか?」
「失礼だな、君は。僕だって外に出ることくらいあるよ」
僕の返事に進藤はゲラゲラ笑い出した。それも草むらのうえでゴロゴロ転がって。
「それそれ、そういうとこが塔矢はおもしれーんだよ。なあんかくそ真面目なんだよなあ」
本当に面白そうに笑うから、なんだかもう怒る気力も沸いてこない。
でも悔しいから、進藤がしてるみたいにゴロンと仰向けに転がってみた。
部屋や通学途中で見るのとは、少し違った空があった。
視界が全部青くなる。その中に浮かぶ白い雲は途切れ途切れに何か描いているようだった。そして少し見ている間にも、どんどん雲は動いて行くから、絵柄が瞬く間に変わってゆく。写真や絵とは違うものが、そこにはあった。
「…綺麗だな」
「だろ?だろ?この辺だったらここから見る空が一番綺麗なんだぜ」
得意げに言う声の弾みを、少し羨ましく思う。
彼はいろんなものに愛されてるように見える。中学の大会のときは、人数が少ないせいか部員皆で和気藹々といった感じだった。院生からプロの世界に上がってきたときも、いろんな人たちと仲良く喋りながらやってきた。囲碁をはじめて僅か数年でここまで登りつめてきた彼なのに、誰も特別扱いしない。そして彼も楽しそうに輪の中にいる。
皆が彼を好きなんだろう。
そんな彼が羨ましい。まるで太陽に愛されてるみたいに思い切り笑う、そんな彼が。
「…どうかしたか?」
不意に視界を埋める進藤の大きな瞳にびっくりする。心臓の音を感じるくらい、心拍数が上がる。なんだろう、この感じ。
とにかく動揺を隠しておこう。
「君がそんな詩的なこというなんて、ちょっと意外だ」
「お、お前こそ失礼だな!」
言いながらも進藤は楽しそうに見えた。全然怒ってるように見えなかった。
「だって君が失礼なことばっかり言うから」
「お、言ったな」
「言ったよ」
気付いたら、二人で声を出して笑ってた。
なんかこういうのって楽しいなって、思った。こういうのが友達っていうのかなって。
皆が君を好きなように、僕も君を好きになっていいだろうか?
友達って思っていいだろうか?
君が笑ってると、なんだか僕も楽しくなってくる。



「お!ダンボールがあるぜ。塔矢、競争しよう!」
ふと目に付いたダンボール箱に向かって一目散に走ってく。…子犬みたいだな。
くすくす笑ってるうちに進藤はダンボールを抱えて僕のもとに戻ってきた。
「俺けっこう速かったんだぜ、これ。負けないからな」
早速ダンボールをふたつに千切って、片方を僕に渡しながら進藤は随分自信ありげに笑った。
ちょっとどうやったらいいかよくわかんないけど…勝負っていうんだし、なんか負けたくないな。
「よし、勝負だ」
川原を駆け上がって、そこから滑り降りる。
ただそれだけの単純な遊びで、僕たちは勝った負けたを繰り返した。…夕暮れに気付くまで。



「…なんだか悔しいな」
結局、遊びなれてた進藤のほうが歩が良かったけど、十分僕は楽しんだ。悔しいっていうのは本当だけど。
「へへ〜。でもこんなの遊びだ。今度は囲碁でも勝つぜ」
夕暮れを背中に今日何度目か分からない進藤の笑顔を見る。それは夕日とあいまって、本当に眩しかった。
「それはどうかな」
なんだか僕も、今日はたくさん笑った。
シアワセって、こんな感じを言うのかもしれない。
「ああ、今日はひっさしぶりに暴れたなあ。ふあ〜〜〜」
思い切り伸びをする。僕も真似して両手を空に突き上げてみる。
「深呼吸がうめえ〜」
無邪気な口調がちょっと可愛い…とか言ったら失礼かな。
僕も大きく空気を吸い込んでみた。草の匂いと太陽の匂いってこういう匂いかな。いろんなものが組み合わさった味がした。
僕の中では、シアワセの味…かな。正直なところ、初めて味わう味だけど。
「じゃ、帰るか」
「進藤…その、今日は…結構楽しかった。ありがとう」
やっとの思いでこれだけは言わなくちゃってことを言った僕に、進藤は一瞬きょとんとして、それからパッと表情を変えた。
「良かった〜。お前がそう言ってくれると嬉しいぜ。また遊んだりもしような」
目がなくなるほどの笑顔を見せてくれて、僕も嬉しかった。



屈託なくたくさん笑って、誰にでも壁を作らないで。
僕のことだって友達扱いしてくれて、ライバルだとも臆面もなく言う。
そんな君だから。
君が好きだと思うことも、なんだかすごく自然なことに思える。
皆が君を好きなんだから、僕が好きになったっておかしくないよね?
君と碁を打つ時間もそうだけど、そうじゃない時間…今日みたいに一緒に遊ぶ時間も、僕にとっては幸せなんだって今日わかった。
遥かなる高みを目指す道の途中、時々ならこうして伸び伸び遊んでもいいのかも知れない。
君がそう思わせてくれた。
…照れくさいし、口には出せないけれど、心の中で言おう。
君の存在がボクのシアワセだよ。





後書き
ん〜…なんじゃこりゃ?(笑)
ま、そもそもアキヒカリング様に登録願いを出したはいいけど、登録条件が「アキヒカ作品を2つ以上」だったんですよ。そうじゃなくっても平安のほうはヒカアキだし、こりゃいかんよな〜って思って慌てて書き始めたんですよね、これ。
で、ちょうど聞きなおしてた鈴木あみちゃんの「S.A」とゆう、懐かしいアルバムの中に「ボクのシアワセ」という曲があってですね(シアワセは平仮名だったかも?)、「これだ〜」って一気に書き出しました(笑) お菓子のCMソングになってた曲なんですけど、シングルじゃないし、誰も知らないかも?
その曲で「のびのび生きてもいいね  道の途中で  ぼくのしあわせ」という歌詞がありまして。なんかそういう時間を描けたらなって思いました。

自分の中で川じゃなくて山とか丘とかに連れて行きたかったんですけど、東京でちょっと出かけて山やら丘やらないよな…と思って、川原にしました(苦笑)
川ならヒカ碁アニメOPにもでてきてるし(いるのはあかりだが)、ありえるかと思って。

曲のほうでは完璧に主人公は相手を好きなんですけど、このアキラくんはニブチンです(笑)
私の中でアキラくんはかなり鈍い子なんですよ。
ヒカルに対する気持ちも十分以上に恋愛感情なんだけど、彼にはかつて友達もいたことないから(笑)、友情と違うってことすらわかんない…みたいな(笑)
天然素材ですからね、アキラくん(笑)
なんかそういう本人は極めて天然なんだけど、読んでる方には「おまえそりゃ、どう見ても恋だろ?」ってな感じが出てたらいいんですけど(笑)

…こんなことじゃ、私のアキヒカが本当にアキヒカらしくなるのはいつのことやら…(苦笑)

+++ おまけ +++

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