全部抱き締めて

+++  7 +++



夜明けが近い。
うっすらと明るみを帯びてきた空を仰ぎ見て、佐為は微笑んだ。
すうっと満ち潮が引くように、自分から消え行く熱の感触。
光は明の心に辿り付いたのだろう。
幼い二人がようやく心を通わせた様を思い描いて、佐為は静かに東に向かって瞳を閉じて祈りを捧げた。
どうか二人がその名の示す通り、光明に満ちた道を歩み行けるようにと。



「なあ賀茂」
腕の力を緩めて、光はできる限り優しい声を出そうと試みた。
何を言いたいのか、もうそれだけで察しがついたらしい明は身を縮ませてしまう。
「…もう呪は解けているよ…」
「違う、そうじゃなくて」
小さくなってか細い声を出す明に、光はすっかり困ってしまう。
呪が解けたという事実を、明の口から聞くと安心はしたけれど、それで全てが終わりというわけではない。
「なんでお前が、佐為に呪をかけたか、俺はそれが知りたい」
腕の中の明が硬直したのが伝わってくる。
だから安心させてやりたくて、光はコツンと額を明のそれに軽く当てた。触れ合った部分から通い合う熱が、一緒に想いを連れて行ってくれるようにと願いながら。
唇を噛み締めて、明はしばらく黙っていた。
「賀茂、そこから全部やり直し。…佐為は全然怒ってなんかいねえよ。最初っからお前の仕業だってアイツは分かってた。分かってて黙ってた。…な?怖くねえから教えてくれ。俺が悪いとこもあるんだろ?だから…な?」
沈黙は迷いの証。光は言葉を尽くしてその迷いを断ち切ろうとした。
「二日前だろうか…」
ぽつり、と呟くように明は振り返り始めた。
「僕と君とで佐為殿の指導碁を受けるはずだったよね?」
光も記憶を辿る。たった二日前のことが、随分と遠いことのように思えた。
「たしかお前、なんかの占いをしないといけなくなったからって行けなくなったんだよな?」
その問いかけに明は「そう」と頷いた。
「でも、僕は君に会いたくて…手短にというと言葉が悪いけど…早く終わらせたんだ。難しい占いではなかったし…。そうして佐為殿の屋敷に急いだんだ。…そしたら…」
そこで言葉が途切れる。言い淀んでか、明は己を励ますようにすうっと音を立てて息を吸った。
「そしたら…」
「俺たちが碁を打ってたんだろ?」
光は何故明がこんなに言葉に詰まるのか、全く分からずあっさりとその状況を述べた。
「そう…君たちは碁を打っていた。…でもその様子は…なんていうか僕の入り込む余地がないというか…君たち二人で完全に成立していたというか…」
その時感じた信じられないような疎外感が一瞬明の内側に舞い戻る。

夕日の中で笑いあって碁を打つ光と佐為の姿は、陽光のせいで金色に輝いていた。穏やかな笑顔をいつも浮かべている佐為が、楽しそうにころころと笑って光の失着らしき手をを扇子で示す。宮中で浮かべている微笑は、彼の優しさを十二分に示してはいたけれど、生きて行く為に必要なものでもあるように、明には見えていた。必要以上に嫉まれぬよう、疎ましがられぬよう、生きて行くために佐為が身に付けざるをえなかった技術のようなもの。
だから夕日に彩られた佐為が見せた無邪気にすら見える笑顔は、光を信頼している何よりの証のように明には映った。そうしてその佐為に向かって、拗ねたりむくれたりしながらも、楽しそうに声を上げてはしゃぐ光の姿もまた、自分の知らないものだと明は思った。前髪の金色が太陽に呼応するように輝いて、その眩しさがまたとても遠いもののように見えて。
光もきっと、自分の前だけで緊張を解く佐為を大切に想っているに違いない。だからあんな知らない笑顔を見せているのだ。自分には向けてもらえない、輝くばかりの笑顔。
『二人は今、二人だけにしか見せない表情を見せ合っている。』
そう思った瞬間、明はもう踵を返していた。

苦しみにとりつかれそうな明の心を引き戻すのは光の体温。
触れ合っている安心感が、ともすれば弱く崩れがちな心を支えている。
「ごめん。うまく説明できないんだけど…とにかく僕は中に入っていけなくて、逃げるみたいにして帰ったんだ」
「………そっか」
声かけろよバカ、と言いかけて光は口を閉じた。明はきっと本当にそのとき辛かったのだろうと、想像することができたから。
「帰宅して…僕は本当に君のこと好きなんだなって思って…それはなんだかもう、どうしようもできない気持ちで…辛くて辛くて…苦しくなってきたんだ。陰陽師というのはね、近衛…常に心の均整をとるよう己を訓練しなければならないんだ。心の眼で見るべきものを見なければいけない。そこに邪心があってはいけないんだ。だから僕は人とのかかわりを極力押さえてきたんだけど…君を好きになってしまったから。だから精神の均整を崩してしまったんだと思う」
言い切ってしまった後、当の光が目の前にいることを思い出して明は顔を赤らめた。光は反応する言葉を見つけられずにただただ明を見詰めている。自分が明に持っていた影響力をこうして聞くのは、なんだかひどくこそばゆくもあり、嬉しくもあった。
そこからのことはほとんど覚えていないと、明は呟いた。
とにかく苦しくて苦しくて、そして一瞬だけ怖いことを考えてしまったのだと。
怖いこと…と言った時、明は本当に恐れたように身震いをしたので、光はそれ以上は追求するのをやめた。
そのかわり。
「馬鹿だなー賀茂。ほんと馬鹿だなー」
照れくさくて「好き」とは言えなかったから、もう一度ぎゅうぎゅう抱き締めて、それから一瞬だけれど、唇を明のそれに触れさせた。
「…こんなこと、佐為にはしねえよっ」
驚きのあまり絶句してその場で固まっている明に、恥ずかしそうに言って、光は立ち上がった。
空を見上げる。東の空が色づいてきているのを見て、光はふと、佐為もきっと同じ景色を見ていると思った。
どんな夜だって、必ず明けてゆくのだ。…そう、必ず。




暫く眺め行くうちに、東の空は太陽の端っこを生み出し始めた。今日という日を照らす、新しい光線が、光と明を照らす。
「賀茂」
呼びかけて手を差し伸べてきた、白い光を背にした姿を、明は瞳を細めて見上げる。
「朝ぼらけ 光いだけり  あが君や…」
「は?」
明が詠みかけた句を断ち切って、光は眼を丸くした。その素っ頓狂な声音に、明はすっかり下句を忘れてしまい、がっかりしたように肩を落とした。
「…君ってほんとにガサツだな」
「な、なんだよ今の?」
目を白黒させて光が問う。
女房達が描く物語の中のような、甘くも美しい恋歌のやりとりに憧れていた明は、深々と溜息をついた。
「…聞かれて答えるような無粋なことはしないよ」
「うわっ、賀茂、気持ち悪いなあ、何のことだよ、教えろよ?」
詰め寄る光に、明はただただ苦笑した。
恋は本当にまだ始まったばかり。恋歌などとは程遠いことのようだった。
「あーもう、その話はまただ。それよりほら」
澄ました顔で光に取り合わない明に諦めたらしく、光はもう一度手を差し出した。
すっかり明るくなり始めた朝の空気の中、笑顔の中にある真剣なまなざし。
「今から一緒に佐為の所に行くぞ」
一瞬の躊躇の後、明は笑顔を見せて頷いた。
自分を見る光のまっすぐさに、恥じない自分でいたいから。
全部を抱き締めてくれた光に、全て承知で自分の醜い心を受け止めて耐えてくれた佐為に、背を向けない自分でいるために。
「…うん、行こう」
そうして差し伸べられた光の手に自分の手を添え、立ち上がった。


屋敷を出ようとする二人を、小鳥のさえずりが止めた。
「あ…」
「あ、あの小鳥。お前のこと心配してくれてたやつだ!昨日、あいつが佐為の屋敷にきてくれたから、俺、お前のこと分かったんだぜ!」
「そうだったんだ。…ありがとう」
木の枝に止まって二人をしばらく眺めた後、小鳥は飛び去った。
「…僕は式神を解放した後、どうしているだろうかと心配していたんだけど、どうやら心配をかけていたのは僕のほうだったみたいだね」
そう言って光を見た明の表情は晴れ晴れとしていた。
もう大丈夫。
そんな気持ちで光は明の掌へと手を伸ばす。
握られた手の優しさに、明も微笑んでその手を握り返した。
東の空に姿を全て表した太陽が照らして作る二人の影も、それにならって仲良く手を繋いだ。











全部だきしめて
きみのすべてを ぼくの自由にしたくて
ずっと大切にしてたわけじゃない
だからなにも 信じられなくなっても
ぼくを試したりしなくて いいんだよ

いいさ 落ち込んでだれかを傷つけたいなら
迷うことなく ぼくを選べばいい
さびしさの嵐のあとで
きみの笑顔を さがしてあげるよ

きみがいたから 勇気を覚えて
知らない場所も 目をつぶって走れた
きみのために できることを
あれからずっと 探してる

全部だきしめて きみと歩いて行こう
きみが泣くのなら きみの涙まで
全部だきしめて きみと歩いて行こう
きみが笑うなら きみの笑顔まで

ひとりになるのは 誰だって恐いから
つまづいた夢に 罰を与えるけど
間抜けなことも 人生の一部だと
今日のおろかさを 笑い飛ばしたい

なにかをひとつ 失した時に
人は知らずに なにかを手にする
きみのために できることを
あれからずっと 探してる

全部だきしめて きみの近くにいよう
星になった歌も 過ぎた想い出も
全部だきしめて きみの近くにいよう
きみが黙るなら きみにささやいて

全部だきしめて きみと歩いて行こう
きみが泣くのなら きみの涙まで
全部だきしめて きみの近くにいよう
星になった歌も 過ぎた想い出も

全部だきしめて きみと歩いて行こう
きみが笑うなら きみの笑顔まで

作詞 康 珍化
作曲 吉田 拓郎
唄 KinKi Kids




後書き
ぷは〜〜〜。
長々と連載してきましたが、ようやく終了です。
実のところ「6」で主題を書いてしまっていたので、この完結編である「7」はエピローグみたいなもんで、さっさと書き上げてUPしないといけなかったんですが、明の回想がなかなか書けなくて遅くなってしまいました。とほほん。
イメージソングであるこの「全部抱き締めて」は、自分的にすごいはまってる!とか思って書き始めたんですよ。平安〜の光と明をカップリングにした場合ピッタリだと、書き上げた今でも思ってます(笑) 自分の書く小説より、これ一曲で白飯三杯はいけるよ!みたいな。

連載中、けっこう反応を頂けて、嬉しかったです。
ありがとうございました。

光と明を見守る佐為…という構図は、純粋に可愛い感じでいいなあって思っています。
この場合は佐為には、是非麗しい女性と幸せになっていただきたいものです(笑)

平安〜の光は、原作と違ってかなり器の大きいヤツなので、攻めとして書きがいがありますvv
ガキながらにもしっかりしてるし、検非違使として都を守ろうとがんばってるし、しかも剣の使い手ですからね。成長が楽しみだよ〜(成長させる気か?)
そして平安明は、もうなんつーか私の定石どおりの受けタイプでねえ。今回は明視点少なかったんですけど、ほんともういじっぱりでがんばりやさんで、でも内気…平安明はかなり書きやすい受けだと思います。もうちょっと書き込んでみたい気もします。

歌のやりとり。光と明らしくて、書いてて楽しかったシーンでした。
平安時代の話なんだし、一度くらいはあんなんじゃなく、きちんと書いてみたいんですけどね。
…可能性があるなら、せいぜい緒方が佐為にふられる話くらいかね(笑)
すごい熱愛求愛の歌を送るも、あっさり一刀両断な返歌をされそうで笑える(^^;)

とにもかくにも最終話までお付き合いいただいた方、ありがとうございました(ぺこり)





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